国宝川越大師 喜多院 ( 晩秋 ) Yahoo!

NHK大河ドラマの春日の局で知られている喜多院は奈良時代にまでさかのぼるらしい。歴史に苦手な作者であるが勉強をかねて調べてみる。写真中央の建物は喜多院(慈恵堂の本堂)である。五百羅漢門前の赤く染まった紅葉の後ろ手に構える喜多院である。
天長7年(830年)慈覚大師円仁によって創建され、本尊阿弥陀如来をはじめ不動明王、毘沙門天などを祀る無量寿寺として名付けたのがはじまりです。
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その後、元久2年(1205年)に兵火で炎上する。さらに、永仁4年(1296年)に伏見天皇が尊海僧正に再興させる。この時に慈恵大師を祀り、官田五十石を寄せられ(寄贈)関東天台宗の中心となる。

正安3年(1301年)後伏見天皇が東国五百ヶ寺の本山たる勅書きを下し、後奈良天皇は星野山(現在の山号)の勅願を下す。さらに、天文6年(1537年)に北条氏綱、上杉朝定の兵火により炎上する。

苦手な歴史、もう勘弁してよー! 悲鳴があがる。
ちょっと省略し、3度目の焼失は寛永15年(1638年)1月の川越大火である。現存する山門(寛永9年建立)を除いて全て焼けてしまった。

ここから歴史がおもしろくなるのであが、NHKの大河ドラマでおなじみの春日の局が出てくるのであ〜る。

一言で紹介すると、大河ドラマの春日の局で脚光を浴びた喜多院である。川越の大火で焼失した時、三代将軍家光公が直ぐに復興に取り掛かる。その時に江戸城紅葉山(現在の皇居)の別殿を移築し、客殿や、書院等に当てる。 家光誕生の間や春日の局の間があるのはそのためである。現在ではこの2間が江戸城唯一の遺構(昔の建築物の残存物)である貴重な文化財となっている。
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クリックすると拡大します。 喜多院

五百羅漢は色々なものに紹介され有名になった。この羅漢は全部で538体あり文政8年(1825年)から50年の歳月を費やし完成する。

そして、七不思議のな伝説があり、山内禁鈴(さんないきんれい)といって鈴を鳴らすと大蛇のたたりがあるらしい。
その他には龍、狐、美女などにまつわる話があると言うが現在においては信じる者はいないそうだ。



喜多院のその他の紅葉など